2010年8月3日火曜日

No.11 地獄と炎天下

道の向こうに水溜まりがみえる。しかしこれは水溜まりではない。逃げ水である。そして逃げ水が多く見られる時期、それは蒸し暑い季節、夏である。
「あちぃ〜。だりぃ〜。」
颯が言っている事は正論である。
「そんなこと言っても何も変わりませんよ?それに夏休みに入ったからってだらけていてはだめですよ!」
早苗がそう言った。それも正論。
「それくらいわかってますよぉ〜。涼しくならないかなぁ…。」
言った事がそのまま起きればいいのに…と、強く思った。まあそんな事はまずないが…。
「それにしても今日は暑いですね…。まるで地霊殿みたい…。」
すると家の外から何かガリガリというような音がした。何なのか確かめに窓の近くに寄った。そこで見たものは…。
「ん…?烏…?」
黒い鳥、烏だった。そしてその烏は網戸を爪で引っかいていた。しかしなんで網戸を引っかいているのかがわからない。俺はとりあえず網戸を開けてやった。するとその窓から部屋に入ってきて床の上に降り立った。
「早苗さん、この烏なんでしょうね?」
「さあ…?でも前に一度会ったような…。」
早苗が前に一度会った…?幻想郷にいた時か、それともそれより前のこっちの世界にいた時か…。それは俺はもちろん、早苗自身も忘れたという。
そうしているうちに、その烏が何か喋り始めた。
「アナタハ、ハヤテサンデスカ…?」
俺は烏が喋るなんて思いもしなかった。早苗もどうやらこれ程の常識破りに唖然としていた。
「颯さん…私はもうだめです…。もう少し常識に…とらわれ…なけれ…ば…」
「早苗さん…!早苗さぁぁぁぁぁん!!!」
早苗が力を失って倒れ込む。どうやらまだ常識にとらわれていた事にショックを受けたらしい。俺としては普通に常識は持っていてほしいが…。
…という事はさておき、俺は烏に、
「ああ、俺は颯だぜ。」
と答えてあげた。すると突然、今までの姿が仮の姿だったかのように烏が見違えた姿に気づいたらなっていた。
「やっぱりさとりさまの言うとおりね!」
そこにいたのは頭にリボンを付け、背中には翼の生えている少女だった。右手は棒で覆われている。
俺は知っていた。その少女を。
「君は地霊殿の子だよね?」
「そうだよ!よく知ってるね〜!」
それは東方やってるからなぁ。
「さっきの鳥はおくうさんでしたのね…。どおりで一度会った気がしたわけです。」
さっきまでのびていた早苗が戻って来る。そう、さっき鳥だったのは霊烏路 空、通称「おくう」である。
「早苗さんもお久しぶり〜。」
「最近は地霊殿行ってませんでしたからね…。」
「んで?なんで来たんだい?」
俺はそれが1番聞きたかった。
「え〜とね…、………なんだっけ?」
やっぱりなぁ…。こいつったらすぐに忘れるからなぁ。さすがは鳥頭。
「やっぱりあたいが着いてきて正解だったみたいね〜」
どこから現れたのか真っ黒な2つに分かれている尻尾の猫が喋っていた。
「あれ?なんでお燐がいるの…?」
おくうが「お燐」と呼んだその猫も姿を変え、人間のようになっていた。耳は猫耳だが。
「それはおくうが忘れ癖がひどいからさとりさまが心配していたからだよ!」
この猫みたいなのは火焔猫 燐、通称「お燐」。さとりさまというのはおくうやお燐の飼い主である。察しのいい方はお分かりかと思うが、おくうとお燐は一応ペットである。
「んで?俺に何の用かな?お燐ちゃん…?」
来たからには何か理由があるんだろう。
「そうだ、あたいも忘れるところだったよ〜!さとりさまに頼まれてお兄さんを地霊殿に呼んでほしいんだってさ〜。」
「え…?俺にお呼びがかかってるの?」
「なんで呼んでいるのかは知らないけどね。」
何だろう…?まず第一に地霊殿は行ったことないんだよな。するとおくうが俺の腕を引っ張って、
「じゃあ、行こうか…ね?」
いや、あのわけわかんないんですけど…?早苗さん、ちょっと助けろよ!
「助けろって?えへへ、まあ頑張ってきてください(笑)」
うぉぉい!見捨てるのか!というか笑った…?
「てなわけでこの兄さんは連れていくね〜」
お燐がそう言うとすかさず猛スピードで空へ…。
俺の家から地霊殿まではそれなりの遠さだという。
「しっかしね〜、なんでさとりさまは普通のお兄さんを連れてこいって言ったのか…。あたしだったら死体運びに…。」
「聞こえてるぞ?俺が死体運びの世話になるのはまだ先だよ。たぶん…。」
「いや、わからないよ〜?もしかしたら今日かもしれないし明日かもしれない。」
縁起でもない、勝手に死んでは困る。
しばらくして、旧地獄の入口を通り、中にある繁華街をスルーしてやっと地霊殿に着いた。どれだけ時間がかかったのだろうか…。
そしてその地霊殿の主でありおくう、お燐の飼い主である古明地 さとりが出迎えに来ていた。
「さとりさま〜、連れてきました!」
お燐が報告するとさとりさまは、
「ご苦労様。自由にしていていいわよ?ところで現実から来たあなた、これからどうなるか不安そうね…?」
「さすがですね…。その通りです。」
さとりには心を読む能力がある。だから今俺が思ってる事はさとりに知られている事になる。 「安心して、痛い事はしないわ。」
安心できるか…?無理だ。
「私を疑っているわね…?大丈夫よ…?」
心を読むんだったよな…。忘れてた。まあ、信じるか。
「今回呼んだのは私の妹、こいしを捜して連れてきてほしいからなの。でも私は地霊殿にいなくてはならない。それにあなたのいる現実世界にいるかもしれないの。」
「人捜し…ですか。しかしこいしちゃんは確か無意識の能力が…。」
「そう、その能力がなければこんなに苦労はしてないわ。」
さとりの妹、こいしは無意識を操る能力がある。だから無意識に紛れて姿を消す事がある。更にはふらふらする癖があるためにどこに行ったかわからなくなる…ということだ。
「…わかりました。でも俺はそんなに時間とれませんよ?」
いくら夏休みといえどすべて暇と言うわけではない。
「そんな事はわかってる。暇な時でいいの。それにあなたは幻想郷の中では話題に上がっているのよ?だったらこいしから来る事も考えられるわ。」
話題…?どういう事だ…?
「知らないみたいね。現実世界から来たのにもかかわらず最初から能力を持ってる事が大きな理由よ。」
そういえば紫にも最初の頃言われたなぁ…、現実世界の能力持ちは珍しいって。
「というわけだから後はよろしく。おくうつけておくからね。」
「出来る限りはやってみます。」
「さっきから気になってたんだけど私に敬語使わなくていいわ…。笑ってしまうわよ…。」
どうやら颯のぎこちない敬語に笑いを堪えていたらしい。いや、心を読んでいるからか。
「こりゃ失礼。礼儀正しくしておかないと後で大変そうだからな…。」
「大丈夫、ここはただでさえ常識が欠けてる世界よ?」
それもそうか…と思い、颯は地霊殿を出た。
旧地獄の繁華街は賑やかだった。

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